ドクターズブログ
小児の咳止めに科学的根拠なし?その3(2022.06.08更新) 咳止めについてお話しましょう。その3です。 (書籍「小児のかぜの薬のエビデンス」から改変しながら説明) 繰り返しになりますが、 咳止めの薬には2種類あって、脳の咳中枢というところに作用して咳をおさえようとする「中枢性鎮咳薬」と去痰、気管支拡張作用を通じて咳を抑えようとする「末梢性鎮咳薬」があります。 中枢性鎮咳薬、は大きく2種類にわけることができ 麻薬性と非麻薬性に分けられます。 麻薬性 :コデインなど 非麻薬性:デキストロメトルファンやチペピジンなど その1は麻薬性の咳止めについてお話しました。 その2は非麻薬性のうち、デキストロメトルファンについてお話しました。 今回は、チペピジンについてです。商品名をアスベリン、といいます。「アスベリン」なら聞いたことがある、と思われる保護者さんもいらっしゃるのではないでしょうか。 日本だけでおなじみの咳止めで小児救急でもよく処方されている薬です。 数値化されているわけではありませんが、医者のあいだでは「弱めの咳止め」という位置づけになっている薬です。 その1,その2でみてきたようにコデインやデキストロメトルファンといった「強そうな咳止め」でも調べてみると小児の咳止めとして本当に有効性があるか疑問がわく結果ばかりでした。それなら「弱そうな咳止め」であるチペピジンはどうなのでしょう。 Takai H, et al. Asia Pac Allergy. 2018;8:e37. PMID:30402404 Mochizuki E, et al. Respirol Case Rep. 2015;3:3-5. PMID: 25802739 Iwabuchi C, et al. J Dermatol. 2010;37:502-503. PMID:20536661 Imai Y, et al. Pediatr Int. 2011;53:779-781. PMID:21955016 これらの研究結果をみる限りでは薬疹・アナフィラキシーなどアレルギー反応が起きています。 そして、チペピジンがシロップで処方されると、沈殿した場合に過量摂取になってしまいます。(これは杉原が原則としてシロップ薬を処方しない理由の1つです。他の理由は、7日分を保護者があやまって2,3日で飲ませ終わってしまった事故、兄弟がおいしいからといってこっそり全部のみほしてしまった事故を経験しているからです) 1974年の研究ではマウスやラットを使用して薬の安全性、副作用のおこる投与量を確認しています。 Kowa Y, et al. Asian med J. 1974;17:21-35 マウスに大量のチペピジン(10-1000倍以上)を投与したところ、食欲低下、尿の色調変化(赤紫色の尿)肝臓や腎臓の肥大・脾臓の縮小といった副作用を認めています。 じつは子どもにアスベリンを処方すると、ときどき食欲低下、尿が赤くなったという報告をみかけます。 けっしてマウスだけの副作用ではないし、量を10倍以上のませたときだけにおこる副作用ではない、と僕は考えています。 もうひとつ1974年の論文でチペピジンの有効性を確認しようとしています。 Suzuki M,et al. Japanese Arch Intern Med. 1974;21:285-289 この研究ではチペピジン投与前と投与後1週間で咳の頻度を比べて、咳が減ったからこの薬が有効だというのですが この古い時代だから統計学をわかっていなかったせいだと思いますが、これは間違った結論です。 若い医師の教育でよく使われる言葉ですが、さんた論法にだまされるな、というものがあります。 この「さんた」とは「つかった」->「なおった」->「(このくすりが)きいた」という間違い論法のことです。 なぜ間違っているのでしょう。 これは薬を使わなくても、自然に身体の治癒反応で治っている可能性があるためです。 だから、ある薬が効いた、というためには偽の薬(=プラセボ)と比較して、偽の薬よりもこの薬を使ったグループの方が治った人がかなり多い(誤差では説明できないくらい)という結果が必要です。 1974年の研究ではこの比較がないままに、チペピジンつかった、治った、だからきいたという結論になっているので、なんの説明にもなりません。 古い研究ばかりあげたので最近はどうなのでしょう。 チペピジン+カルボシステイン(去痰剤)とカルボシステイン単独で比較した2019年の研究があります。 西村龍夫,他 外来小児科 2019;22:124-132 この結果ではチペピジン+カルボシステイン、よりもカルボシステイン単独の方がむしろ咳の改善が良さそうという驚きの結果がでています。 (西村先生とは個人的に知り合いでもあり、はちみつ研究なども私は協力していますから身びいきになってしまうかもしれません。 この本も優しいことばで書かれており、保護者の方にもおすすめです) チペピジンの効果について話をもとにもどしますが、 これまでの研究結果をいろいろみてみると、有効性もないし、そもそも安全性もどうなのかな、と思わざるを得ません。 だしてもそれほど害がないから、という理由で、あるいはみんながやっているから、という理由で、処方され続けている薬なのでしょう。 そういうわけで杉原の小児の風邪診療ではアスベリン(チペピジン)は原則として処方することがなくなっていきました。
小児の咳止めに科学的根拠なし?その2(2022.06.08更新) 咳止めについてお話しましょう。その2です。 (書籍「小児のかぜの薬のエビデンス」から改変しながら説明) 繰り返しになりますが、 咳止めの薬には2種類あって、脳の咳中枢というところに作用して咳をおさえようとする「中枢性鎮咳薬」と去痰、気管支拡張作用を通じて咳を抑えようとする「末梢性鎮咳薬」があります。 中枢性鎮咳薬、は大きく2種類にわけることができ 麻薬性と非麻薬性に分けられます。 麻薬性 :コデインなど 非麻薬性:デキストロメトルファンやチペピジンなど 前回は麻薬性の咳止めについてお話しました。 今回は非麻薬性のうち、デキストロメトルファンの話をしましょう。この成分を含んだ市販薬は多数あります。 などがあります。一部のシロップは生後3ヶ月以上から内服可能になっています。 市販ではなく、処方箋が必要な薬としてデキストロメトルファンが含まれているものは などがあります。ジェネリックが増えたいまでは、そのまんま「デキストロメトルファン」という処方薬もみかけます。 しかし、どんな薬でもそうですが副作用のない薬はありません。 めまい、口渇、眠気、食欲不振、便秘、頻脈などがデキストロメトルファンの副作用です。 モノアミン酸化酵素阻害薬と一緒にのむとセロトニン症候群という病気になることがあるので、禁止にされています。 モノアミン酸化酵素阻害薬とは、抗うつ薬や抗パーキンソン病薬として用いられる薬ですが、日本では、かつて抗うつ薬にも使われたのですが、現在では抗パーキンソン病薬として使われる薬です。今回は子どもの風邪についての咳止めなので、基本的には一緒にのむようなことはないと考えていいでしょう。 デキストロメトルファンは比較的、つよい咳止めというふうに教わった記憶があるのですが、研究結果をみるとそうでもなさそうです。 Paul IM, et al. Pediatrics. 2004;114:e85-e90. PMID:15231978 2004年にピッツバーグで、2-18歳の小児の咳を対象にした研究です。 研究結果をみると、デキストロメトルファンを使用したグループも、プラセボ(偽の薬)を使用したグループも咳の症状の改善推移は同じくらいでした。 フィンランドで1-10歳の小児を対象におこなわれた研究です。 Korppi M, et al. Acta Paediatr Scand.1991;80:969-971. PMID:1755308 この研究では、プラセボ(偽の薬)、デキストロメトルファン、デキストロメトルファン+サルブタモール(気管支拡張薬という咳止め)で比較しましたが どれをのんでも同じで、この3種類で薬をつかったからといって有効性があるという確認ができませんでした。 またハチミツ、デキストロメトルファン、プラセボの3種類で比較した研究があります。 Paul IM, et al. Arch Pediatr Adolesc Med. 2007;161:1140-1146. PMID:18056558 米国で2歳以上の小児を対象に行われた研究です。 結果は ハチミツ>デキストロメトルファン>プラセボ の順番で強そう、というものでした。 最後に2013年インドから報告された研究報告です。 Bhattacharya M, et al. Indian J Pediatr. 2013;80:891-895. PMID:23592248 デキストロメトルファンとプラセボ(偽の薬)を使用して、3日後の咳の症状、夜の睡眠、咳での嘔吐などを評価しました。 この結果ではデキストロメトルファンを使っても症状が改善するわけではなさそうでした。 それよりも副作用の頻度を比べると、当たり前ですが薬であるデキストロメトルファンのほうが副作用報告が多いのです。 小児においては、偽の薬と咳止め効果がかわらないのに、副作用だけが多いのがデキストロメトルファン、のようです。