こどもの鼠径(そけい)ヘルニアについて
小児科専門医の杉原です。乳児健診では必ず、そけいヘルニアをチェックしています。いわゆる、脱腸のことです。おとなの脱腸とはタイプがちがうのでそのあたりを
日本ヘルニア学会の記事から転載します。
こどもの鼠径ヘルニアってどんな病気?
鼠径ヘルニアとは足の付け根(鼠径部)がポッコリ飛び出す病気です。おなかの中にあるはずの腸管が足の付け根の”すき間”からポッコリ飛び出してくるもので、世の中では脱腸と呼ばれることもあります。この病気は足の付け根の“すき間”のタイプで「こどものタイプ」と「おとなのタイプ」の2つに分けられます。こどもの脱腸の原因となる”すき間”はお母さんのお腹の中にいた胎児期には必要だった”すき間”(内鼠経輪)が生まれてからも残ってしまったものです。図のように男の子も女の子もみんなお母さんのおなかの中では精巣、卵巣ができるときにその移動と固定のため足の付け根の通り道(鼠径管)におなかの内臓を包んでいる膜(腹膜)が延びてきます。胎児期にはおなかの中(腹腔)と鼠径管の間に交通(腹膜鞘状突起)ができます。お母さんのおなかの中では赤ちゃんは大きな力をおなかにいれないので交通があっても困りません。精巣、卵巣が定位置に固定されるとこの通り道はいらなくなるので多くは生まれる前に自然に閉じますが、まれに閉じ損なうことがあります。生まれてからもおなかと鼠径部の交通する袋(腹膜鞘状突起)が閉じないで残っていると、お腹に力を入れたときにお腹の中のもの(腸管、大網、卵巣、卵管など)が袋の中に滑り出てきてしまいます(腹膜鞘状突起がヘルニア嚢になる)。これが「こどものタイプ」の鼠径ヘルニアです。大きな通り道が残っていると生まれてすぐに泣いただけでも脱腸が出現しますが、通り道が小さく残った場合では症状はなかなか出ずに、走り回ってお腹に大きな力を入れるようになる幼稚園児になってから症状が出ることもあります。発症率はこども100人中2-5人程度です。1クラスにひとりはいるくらいのよくある病気です。
年を取ってくるとお腹の壁も弱くなるところがでてきます。鼠径部の壁が弱くなり、腹圧に負けるようになるとその”すき間”からやはり腹腔内の内臓が飛び出してきてしまいます。これが「おとなのタイプの」鼠経ヘルニアで、治療法が異なります。まれに中学生になってから鼠径ヘルニアが出現することもありますが、そのほとんどは「こどものタイプ」で、「こどものタイプ」に準じた手術を行ないます。
鼠径ヘルニアだと困ることって何?
お腹に力を入れると足の付け根から男の子ならタマタマの袋、女の子では大陰唇に向かって腸などが飛び出して膨らみます。右側のこともあれば左側のこともあります。両側に脱腸がでる子も1割くらいいます。脱腸が飛び出しても通常は痛くありません。違和感を訴えることはありますが、困るくらい痛くなることはめったにありません。ただし、狭い”すき間”から腸管が滑り出てくるわけですから、運が悪いと滑り出た腸が”すき間”で締め付けられることがあります。これを鼠径ヘルニアの嵌頓といいます。飛び出した腸は締め付けられとむくんできます。時間が経つとますます締め付けられて血が通わなくなります(絞扼性腸閉塞)。ほっておくと腸がくさって(壊死)、穴が開いて大変なことになってしまします。女の子では卵巣が飛び出て捻じれてしまうこともあります。もちろんこんな時はおなかが痛くなります。脱腸が出て痛いときは危険なサインだと思ってください。多くの場合はおなかの力を抜くと脱腸は自然とおなかに戻りますが、力を抜いても戻らずに痛みが続くならばすぐに病院に行きましょう。嵌頓はいつ起こるかわかりません。鼠径ヘルニアかなと思ったら早めに診断、治療を受けてください。赤ちゃんは痛いと言ってくれないので心配ですね。赤ちゃんでも嵌頓すれば痛いので泣き方がいつもと違うはずです。ただし泣いているときは腹圧が上がるので脱腸も出やすくなります。脱腸が出ていても甘え泣きで飛び出した脱腸がカチコチに硬くなっていなければ心配いりませんが、いつ嵌頓するかはわからないので都合を付けて早めに受診するようにしてください。お医者さんの前で脱腸が出ないと診断が難しいことがあります。受診する前に症状が出ているときにデジカメ等で飛び出た状態を記録しておくと診断の大きな助けになります。
こどもの鼠経ヘルニアはどんな治療をするの?どこに行けばいいの?
ヘルニアとは “すき間”(ヘルニア門)から臓器が飛び出してくる病気です。「おとなのタイプ」の鼠経ヘルニアでは弱くなった腹壁にヘルニア門ができるため、”すき間”を単純に閉じただけではまたすぐに“すき間”ができてしまうので壁の補強が必要です。補強には合成布をパッチにして当てることが多いです。しかし、こどもの鼠経ヘルニアは生まれつきの足の付け根の“すき間”が残っているだけで、お腹の壁が弱いわけではありません。したがって単純に”すき間”を閉じるだけ鼠経ヘルニアは治ります。これから成長するからだに異物となる合成布のパッチなどを当ててはいけません。おとなの鼠経ヘルニアとは原因が違うので治療法も異なります。こどもの鼠経ヘルニアも手術をしなければ治りませんが、手術方法が成人とは違います。したがって受診する科も成人担当の外科ではなくこどもを担当する小児外科を受診してください。小学校高学年、中学生でも「こどものタイプ」の鼠経ヘルニアのことが多く、高校生でも「こどものタイプ」の鼠経ヘルニアの可能性が高いですので、どうぞ小児外科を受診してください。小児外科がどこにあるかわからないときには、かかりつけ医や近所の小児科の先生に相談してください。日本小児外科学会のホームページにもアドバイスが書かれていますのでご覧ください( http://www.jsps.gr.jp/general/specialist-list )。こどもの鼠経ヘルニアの手術方法は脱腸の通り道(鞘状突起がヘルニア嚢となったもの)を根元で縛って閉じるだけの単純高位結紮術が基本となります。最近では日本で開発された方法で腹腔鏡を用いて”すき間”を閉じる術式も広く行われています(エルペック法、LPEC)。
いつ手術したらいい?
新生児期の鼠経ヘルニアは自然に治る可能性があるとされますが、その頻度は高くありません。嵌頓症状があるときは新生児期でも手術することをお勧めします。嵌頓症状がなければ施設によって多少違いはありますが、体重が倍以上になる生後3か月~9か月ごろを目安に手術時期を決めることが多いので、小児外科医と相談してください。活動が活発になってくる時期(歩き始めたとき、運動が激しくなったとき)に鼠経ヘルニアの症状が明らかになってくることも多いので、その場合はなるべく早く小児外科を受診して、予防接種や学校の予定などを考慮して手術時期を決めてください。