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人工乳と食物アレルギーに関する報道の誤り

[2020.12.11]

日本ラクテーション・コンサルタント協会(JALC)では「人工乳による牛乳アレルギー予防の可能性を示唆する報道等に対するJALC の見解」を作成、サイトにアップしています。
https://jalc-net.jp/data/p_seimei202012.html

 

その理由は、

母乳だけで育てるよりも混合栄養で 育てる方が、子どもの牛乳アレルギーが予防されるかのような記述が最近の報道でみられます。

新型コロナウイルスCOVID-19についてもそうですが、報道される内容は誤解と偏見に満ちており、医学的な国際常識から遠い場所にあることも、もはや驚きというよりあきらめ感でながめています。

しかし、保護者の方々には正しい知識をお届けしたいと思いますので、HPより情報を転載いたします。

 

一部を抜粋しておきます。

 

1. 本件へのJALCの問題意識

最近の報道において、母乳だけで育てるのではなく、母乳と牛乳由来の人工乳を与える混合栄養で育てる方が、子どもの牛乳アレルギーが予防されるかのような記述がみられる。
母乳で育っている乳児に牛乳由来の人工乳を追加することで牛乳アレルギーを予防するかどうかについては、その摂取時期や摂取量、アレルギー発症有無の観察時期により現在様々な異なった結論の報告があり、議論のあるところである。アレルギーに関する研究の一側面を大きく取り上げることで、牛乳アレルギーと授乳についての研究の蓄積がまだ十分ではないにもかかわらず、混合栄養のほうが好ましいと考える医療者や母親が増加すること、また、母乳だけで育てている母親に牛乳アレルギーへの不安を与えることを、当会は危惧している。
出生直後から母乳だけで育てることは、アレルギー疾患予防に関連する腸内細菌叢の形成や免疫の発達の観点からも重要とされる。乳児の栄養方法は、牛乳アレルギー予防の観点だけではなく、より幅広い様々なアレルギー疾患や感染症など他の疾患の予防や児の発達への利点など母子の健康上の利点を考慮して、総合的に判断する必要がある。


2. 少量の人工乳で牛乳アレルギーは防げるのか

少量の人工乳を与えることで牛乳アレルギー予防の効果があるとの最近の報道の根拠として、2020年9月に発表された崎原らの論文 1)が引用されていることが多い。この論文は、出生直後から牛乳由来の人工乳を与えられている児が多数を占める集団を対象とした論文であり、結果の解釈にはいくつか注意点がある。
崎原らの論文の概略を以下に示す。この研究は、乳児に少量の人工乳を投与することによって、牛乳アレルギーのリスクを低下させられるかどうかを調べたランダム化比較試験である。504名の乳児がランダムに投与群と回避群に割り振られた。投与群では、生後1か月から2か月間、毎日10ml以上の牛乳由来の人工乳を与えるように養育者に指示した。回避群では、母乳以外のものを与える場合には、大豆を原料とした人工乳を与えるように指示した。生後6か月時に牛乳由来の人工乳を用いて経口食物チャレンジテストを行ったところ、投与群では牛乳アレルギーの発症者が有意に少なかった(投与群0.8%vs回避群6.8%)。この結果により、著者らは「生後1か月から2か月間、牛乳由来の人工乳を毎日与えることは牛乳アレルギーの発症予防になる」と結論づけた。
ここで注意したいのは、崎原らの研究は、母乳だけで育てる群と母乳と人工乳との混合で育てる群とを比較したのではないという点である。回避群であっても、生後3日以内に94%が牛乳由来の人工乳を与えられていた。つまり、回避群は母乳だけで育つ児の群ではなく、生後1か月以降の2か月間に牛乳由来の人工乳を避けた群であった。崎原らの論文は、出生時から母乳だけで育てるよりも、母乳と牛乳由来の人工乳を与えながらの混合栄養で育てた方が牛乳アレルギーの発症のリスクを下げる、と示したものではない。


3. 産後早期の人工乳使用によるアレルギー疾患発症のリスク

いくつかの先行研究では、適切な支援により産後早期の牛乳由来の人工乳の補足を避けることが、牛乳アレルギーのリスクを下げると示している。例えば、浦島らがアレルギー疾患の家族歴を持つ児を対象に実施したランダム化比較試験 2)では、生後3日間に牛乳抗原を含む人工乳を避けた群は、避けなかった群に比較して、2歳時の牛乳、卵、小麦アレルギーや即時型反応、アナフィラキシー反応の出現率が低かった。2020年5月のヨーロッパアレルギー学会からのシステマティック・レビュー 3)においても、生後1週間に一時的に牛乳由来の人工乳を補足することが牛乳アレルギーのリスクになりうるとされている。崎原らの論文においても、生後3日以内に人工乳を与えられていない31人の乳児全員が、生後6カ月時に牛乳アレルギーを発症していない。以上の研究から、産科施設で牛乳由来の人工乳をルーチンには与えないことで、牛乳アレルギーのリスクを下げられる可能性がある。
崎原らは、大半が生後早期に牛乳由来の人工乳を与えられていた乳児を対象に研究し、生後1か月以降に牛乳由来の人工乳を与えることで牛乳アレルギーのリスクを下げる可能性を示した。いったん牛乳由来の人工乳を使いはじめた場合は、牛乳由来の人工乳を与え続けたほうが牛乳アレルギーの発症を減少させる可能性を示したと解釈できる。しかし、類似の研究はまだ少なく、生後早期に牛乳由来の人工乳を与えられた児に対して、牛乳由来の人工乳の継続が推奨されるべきとは断定できない。


4. 母親の乳製品摂取が児の牛乳アレルギーのリスクを減らす可能性

母乳で育てている母親が、児が今後食べていくであろう食物を授乳中に適切に摂取していくことが児のアレルギー発症予防になる可能性も示唆されている。アレルゲンがピーナッツの場合、母親が授乳中にピーナッツを摂取し、児も生後12か月以前にピーナッツを摂取開始することで、アレルギーのリスクが下がったという報告 4)がある。その機序として、母乳中のピーナッツ抗原が免疫物質やサイトカインなどの生理活性因子、細菌叢などとともに児の腸管に運ばれ、経口免疫寛容が誘導されたことが推察されている。牛乳アレルギーについても、母乳育児中の母親の牛乳や乳製品の摂取状況も考慮した研究が今後必要になると考えられる。


5. 人工乳を使った臨床試験の倫理的実施についてのガイド

今後、アレルギーの予防やその他のテーマで、人工乳を使った臨床試験が必要となる場合も考えられる。研究での人工乳の使用が、研究参加者の母乳育児を損ない、結果として研究参加者の不利益とならないように、注意深い計画と実施が求められる。
2020年8月に米国医師会の機関紙のひとつであるJAMA Pediatricsに人工乳を使った臨床試験の実施と報告についてのガイド5)が掲載された。このガイドは、人工乳を使った臨床試験の質と妥当性を高め、研究参加者を守り、乳幼児栄養の専門家や支援者などに人工乳に関する知見をより正確に伝えていくためのものである。母乳を飲んでいる乳児を対象として、人工乳を与える研究をする場合、養育者にどのように母乳育児支援を提供したのか論文中に明記することを求めている。ガイドでは、母乳育児支援は「その臨床試験の潜在的利益や研究結果から “独立した” 国際認定ラクテーション・コンサルタント」によるものが望ましいとしている。また、母乳育児支援は十分に提供し、介入群と対照群への振り分けは、養育者が人工乳を使用したい意思を表明した後でなくてはならない、ともしている。世界保健総会で採択されている「母乳代用品のマーケティングに関する国際規準6)を尊重し、研究者らが人工乳の使用を推奨しているとの誤解をあたえないように、研究参加者に対して無料やディスカウントの人工乳を配布しないこと、もし配布が避けられない場合には、同等の謝礼を人工乳を使わない参加者にも配布することを求めている。
人工乳を使用した臨床試験では上記のような配慮が必要とされる。退院後の母乳育児をやりやすくすることが知られている支援として、具体的には、早期接触、母子同室、児のサインに合わせた授乳、児が効果的に母乳を飲み取れるような適切な授乳姿勢を伝えること、などが挙げられる7)


6. 結論

母乳育児には母子の健康に様々な利点があり、これまでの多くの研究結果の蓄積 8)-10)に基づいて、国際機関 7),11)、各国保健機関(アメリカ12)英国13)オーストラリア14)など)、学会15)が生後6か月間は母乳のみで育てることを推奨するに至っている。また、日本における21世紀出生児縦断調査においても、生後6、7カ月まで母乳だけで育てられていた児は、その後に呼吸器疾患16)喘息17)の入院が少ないこと、肥満や過体重 18)になりにくかったことが示されている。したがって、乳児の栄養方法の推奨は、牛乳アレルギー予防のみならず、他の疾患予防や母子の長期的な健康への影響を考慮してなされる必要がある。
牛乳アレルギーの予防については、今後も、児の分娩施設入院中からの授乳方法や妊娠中から授乳期にわたる母親の食物摂取状況などについても、細やかに検討した研究が引き続き必要である。また報道機関には、論文の結果について受け手が誤解したり混乱したりしないように適切に伝えることが求められる。

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